鎌倉高校の何気無い日常 再び 7







   「では、各班盛り付けは終わりましたか?」


   「は〜〜い」

   「終わりましたぁ」


   「あ! ちょっと。 あとご飯が2人分……」

   「7班、遅ぇよ!」

   「スープが冷めちゃうよ」

   「ごめんごめん、渡辺、これ。はい、終りましたぁ」


   「では」


家庭科担当の鈴木教諭が調理実習室をゆっくりと見渡して、実に晴れ晴れとした表情をした。


   「素晴らしいわ。こんなに早く調理が終わるなんて。平君、活躍してくれてありがとう」


   「え? い、いや…私など……そのような…」


   「平、ご苦労さん」

   「敦紀さん、お疲れ様ぁ」

   「平君、ホントありがとう」


   「いや、私のしたことなど、些細な……」


   「では、平君にもう一度拍手」


教室中から拍手が起こり、敦盛はどうしていいのか分からず顔を赤らめて俯いてしまった。


鈴木教諭は思った。
   こんなにスムーズに調理が終わったことはない。
   ひょっとすると、自分が教壇に立つようになってから、最速ではないだろうか。
   いつも、どのクラスでも、何かしらのトラブルはつきものだった。
   材料を入れ忘れた、生煮えだった、火を通し過ぎた、味加減が無茶苦茶だった、
   果ては誰々がサボった、指を切った、
   まして、このクラスは春日望美さんのいる3年2組……


無事に何事もなく終わったのは大げさにではなく、奇跡と言える。






その報告を家庭科の先輩教員・新井先生に伝えようと、内線番号を押した。


呼び出し音1回目が鳴るか鳴らないかで出た相手が、


   『職員室です』


そう名乗った後、電話の向こうで息を吸い込む音が聞こえる。


   『……新井です。……鈴木先生ね……』


   「はい」


   『で、何が起こったの』


   「え? あ、いえ。調理、すべて完了しました」


   『……だって、だってまだ、4時間目が始まって10分も経ってないわよ』


   「はい。でも、もう後はプリンの冷えるのを待つだけなんです」


   『え!!!!』


一瞬、鼓膜が痛かった。


   「一応、ここまで怖いくらい順調すぎるので、ご報告を、と思いまして」


   『本当に怖いわ…、い、いえ、…そ、そう……。おめで…
    ……いえ、まだね。まだ、この後で何が起きるか分からないわ。
    いい? 絶対に、片づけ終わって、終了の礼が終わるまで、気を抜いてはダメよ』


新井先生は、明らかに自らを戒めるような口調でそう言って、電話を切った。










   「え!!!!!」


新井教諭の叫び声は、職員室中に響いた。
その叫びで、勘違いした気の早い教員のほとんどが職員室を飛び出して調理室へと急いだ。
また飛び出さなかった教員の何人かは、手近の内線電話を慌ててつかんだ。


   「あ! 校長先生! ハイ、やっぱり、…みたいです。はい」


   「ほ、保健室ですか! あ、先生、調理実習室! はい、やっぱり、です!」






校長は職員室からの電話を切ると、目の前の湯飲みのお茶を一口、飲み込んだ。
すでに煎れてから1時間以上経過したお茶は、すっかり冷めていたが
今はそれを味わっている余裕など無かった。


   予期していなかったと言えば嘘になる。
   しかし、かの聴講生が上手く「機能」して、順調に進んでいる、と報告を受けたのは
   ほんの10分程前の休み時間だったが……


   甘かった。
   幼馴染みとはいえ高校生だ。
   その考えに乗っかってしまった自分も自分だ。
   どう考えたところで、高校生の考えがそう何度も巧くいくはずは無かったんだ。


   そうだ。怪我人!
   怪我人は出たのだろうか!?


校長は慌てて保健室に電話をする

呼び出し音が10回を越えても出ない。
5回を超えた辺りから、嫌な胸騒ぎが堪えきれない。
そして、受話器を置くと、調理実習室へと駆け出すのであった。






   『はい、やっぱり、です!』


電話の向こうで、体育の大熊先生がそう言い終わらない内に受話器を叩きつけるように切ると
保健室の平野先生は、すでに準備していた救急箱を掴んで、保健室を飛び出した。
一瞬、AEDかストレッチャーも持って行った方がいいのかな、と頭の隅に浮かんだが
そこまで深刻な事態でないことを祈りながら、白衣を翻して廊下を駆けていった。






事務室前の廊下を、平野先生が救急箱を小脇に抱えて猛烈な勢いで走り抜ける。


   「え! 今の……」


   「やっぱりか!」


事務長の判断は速かった。


   「酒井さん、ここに待機して。何かあったらすぐに救急に電話頼むから」


そう言い終わらない内に、飛び出していった。


   「……事務長、カメラ、持ってっちゃった……」










   「みんな、ゆっくりと食べてちょうだいね。
    デザート用のプリンがしっかりと冷えるまで、まだあと15分はかかると思うから」


   「は〜〜い」


   「では、いただきます」


   「いっただきまぁ〜す」






   このクラスの手際は、平均的なものにすぎない。
   男女の仲が良いという点でも、他のクラスよりも多少は協力的というに過ぎない。


   やはり何と言っても、実習を見学するだけの予定だった聴講生の存在が大きかった。


   彼 ( と呼ぶのに未だに慣れないが ) に良いところを見せようと前半は女性陣が奮闘した。
   その上、彼は、生徒どころか、私ですら手こずったカボチャの裏ごしをあっさりと、
   それもすべての班の分量のカボチャを、してくれた。


   ??
 

   あんなに白くて細い腕のどこに、あんな力があるのかしら?


   そして、そんなことがあったからか、
   後半は男子達が、彼に後れを取るまいと、要は彼だけにかっこいいところを取られまいと、
   懸命に立ち働いた結果が、これなのだろう。


   そして何より、何の事故も起きなかった事が……


そう思いながら鈴木教諭が、目の前に置かれた実習の成果の一口目を食べようとした
その時
調理実習室のドアが、半ば蹴破られるような勢いで開き
大量の教職員の塊が、実習室に雪崩れ込んだのだった。












12/05/17 UP

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